いつかまた

また、ここに来たい・・・そう思えたとき。心が満たされた良い旅をしているとき。

また、ここに来たい・・・そう思えたとき。心が満たされた良い旅をしているとき。
あの列車に乗って、スカイツリーに行くことを楽しみにしている人たちもいる。
旅は、行こう!と決めたその時からはじまる。

転んだ?・・・・・・あっ。動いたでしょ。

あなたとの事を、想像していれば。待ち時間なんか、すぐ経ってしまう。
退屈な待ち時間。こんな素敵な景色を、眺めていれば平気だよ。

人が作った道を、歩くのは容易い。道を、切り開くのは非常に困難を極めリスクを背負う。

静かに目をつぶり、春の足跡を空気で感じ取る。

そりゃー!
最初に乗ったのは、野毛山動物園に連れて行かれたときだったときかと
竜飛から、三厩駅行きの町営バスが2時間こない。売店も人も何もないところで、2時間待つのは・・・・耐えられないので。
階段国道を、強風に耐えながら降りて行き・・・竜飛漁港に。そこから、恒例によりバスの通りを2時間、ロケハンしながら歩いてゆきました。
ここも、新潟県の親不知同様。今のような立派な道路やトンネルが出来る前は、海岸沿いの岩場や砂浜を歩いたそうで、絶壁のところは波が、ひいた瞬間に通り抜けなければならなかったそうです。
海岸沿いに、いくつかの小さな漁港を通過しながらようやく、バスが来そうな時間になったので待つことに。バス停が、一般民家の玄関の前にあるだけに、その住民にジロジロみられ。あげくの果てに、「何、バス待ってるの?竜飛行くの?」「いいえ、駅行くのです」「駅だったら、13時(この時点で11時40分)までバスないよ」・・・実際はあるんですけど。「あれ、時間変わったんだね。前は、13時だったのに」。この町営バスの時刻改正されたことは住民には知られてなかったようで、あまり住民の足にはなっていないかなあ。
バスに乗り込み、駅について再び列車に揺られ強行で弘前城に。でも、桜の開花がまだだった為に、ただの城巡りに。再び、青森に戻り今日の夕飯。
「夕飯 刺身定食(マグロ ホタテ) 900円」
23日 この日は雨。下北半島の大間に行く予定でしたが、雨の中、乗り換えたり歩いたりするのと小雨でなさそうなで中止。直前に調べた、十和田湖へバスで向かうことに。そのバスは、7時50分発なので十和田湖フリーパスも買った事だし、「のっけ丼」というのがあるので、早速行ってみることに。市場で、丼ご飯を買いその市場の売り場を、丼もって自分の食べたい魚介類を切り身にして乗せてくれるシステム。支払いは、その場で。
「朝食 のっけ丼(ご飯 大盛 マグロ サーモン カンパチ いくら 鮭の塩辛) 800円 とびっ子 おまけ」 ちなみに、いくら うに は200円。
バスに乗り込み、約3時間の旅。途中、蔦温泉 と 茶屋 でトイレ休憩。
いくつかのゲートがあり、冬季はゲートを閉めて通行止めにするのでしょう。除雪してまもないのでしょうか、道路の脇には1m~3mくらいの雪の壁があり、大型バスは壁を擦るように峠を越えて行きます。十和田湖に着くと、雨は降っていない代わりに濃い霧がかかっていました。十和田湖湖畔のホテルやお土産・レストランは、半分くらいつぶれてしまっています。廃墟になっている建物も。バスの時間まで、乙女の像と十和田湖神社を観光。
時々、晴れまもみえてきました。帰りのバスまで3時間ちかくあるので、遊覧船に乗り昼食。
「昼食 ねぶた丼定食 1000円」 数の子も1本載っていた。
バスは途中、奥入瀬渓谷沿いに走ります。この渓谷は、途中、いくつかの小さな滝を観光案内放送にあわせて止まりながら見せてくれます。渓谷に流れる川は、とても綺麗です。渓谷沿いに、遊歩道があり歩けるそうです。今は、雪が深く残っているので無理ですけど。再び、訪れたいと決意。
道路が狭く、大型観光バスの行き違いが困難なことから、停留所でバスの行き違いをします。帰り蔦温泉で、バスの行き違いがありました。十和田湖行きのバスの運転手さんが「十和田湖から、バスあるか?」という問いかけに、青森駅行きのバスの運転手さんが時刻表を持ち出し「あるよ!」。十和田湖行きのバスの運転手は、自分のバスに戻りお客に告げているようで。
どうやら、このまま「十和田湖行き」に乗り終点まで行って帰りのバスがあるかどうか訊ねてきたお客さんが、いたようです。もし、無ければ今、自分の乗っているバスで戻らなければなりません。
バスは、帰りも同じ道を通ります。再び、青森駅に帰ってきました。
「夕飯 焼き干しラーメン(煮干出汁) 餃子 1030円」
24日 最終日。このまま帰るのは、面白くないと思い。震災で津波に襲われた仙台空港に行くことに決めました。当初、10時近い新幹線で帰る予定だったがキャンセルして、始発の電車で仙台まで行き。そこから、仙台空港アクセス線に乗換え、仙台空港に。飛行機に乗らないのに。
仙台空港から、海に向かって歩きました。1階を津波で流された家屋が、1件ある以外は、更地でしかも、砂浜の砂がある更地。きっと、砂浜の砂を津波が持ってきたのでしょう。古くからある神社は、ありました。海岸まで、行きたかったのですが護岸工事をしているようなので諦めました。電車の車窓からも、分かるように、小さな川を境に更地になっているところと、住宅街に分かれていました。ニュースでは、たびたび仙台空港に凄さを見ましたが実際、その現場に行くとあのときの事が、想像だけですができます。当事者は、もっと怖い思いをしたのでしょう。長町付近では、仮設住宅らしきプレハブがありました。
仙台で、新幹線に乗り家に帰り着きました。
東京駅で、丸の内にタニタ食堂があることを、思い出し行ってみると 13時すぎだというのに、行列ができてました。
自然の力は、色々な意味で偉大でありました。
5日間ばかり、青森県(一部、岩手県)を、三沢漁港・八戸線・青函連絡船・竜飛岬・弘前城・十和田湖・仙台空港と巡ってきました。
19日の夜 東京駅八重洲口を、一路、十和田市駅へ夜行高速バスで向かいます。首都高で池袋に立ち寄ってから、ひたすら東北道を突っ走ります。バスは、3列シートでトイレ付なので、以前のような途中、サービスエリアでトイレ休憩はなくなり。もっぱら、乗務員の交代で2~3時間おきくらいに止まるくらい。3列シートとはいえ、やはり寝るには少々、窮屈であります。
20日の朝 十和田市駅(旧とうてつの終点)に到着。そこから、とうてつの代替えバスに乗りました。バス停は、登校時と重なり通学の学生でたくさん。首都圏では、すっかり見かけなくなった、いすゞのキュービックが元気に走っています。
最初の目的地は、七百(しちひゃく)駅です。

廃線となった鉄道施設の周りには、全て「立入禁止」の表示がされていました。帰ってきて分かったことなんですが、近いうちに送電が切られるそうで。そのせいなのか、訪れたときに、職員の方が車庫のシャッターを開けてなにやら作業していました。
バス停に戻ると、次のバスが2時間あまりこないので・・・・恒例に!?より、バスが通る道を、ロケハンしながら歩くことに。沿道は、自販機もなければコンビニもない。よって、トイレもない。柳沢(旧柳沢駅の近く)まできたときに、そろそろバスが来そうなので待って乗りました。
バスに乗り、三沢駅。予想通り、現地についても食べるところはないだろう!ということで、高速バスのなかでパン、立ち食い蕎麦で9時すぎの朝食。廃止後、駅案内時刻表などの備品は、盗難防止の為でしょうか全て撤去されていました。
当初の予定では、八戸に行き八戸観光のはずでしたが、行きの高速バスの車窓から観光する場所を見たとき、思ったより・・・・ということで、バス停を見たら三沢漁港を通る、1日3本のバスがすぐ来るので乗ることに。
狭い道路を、クネクネ。大きな病院や団地を経由して、着きました「三沢漁港入り口」。

漁港は、市場や加工工場はおろか、何もなく。漁船の修理や網の修理や手入れをしている風景が、見られるだけであとは、震災復興の工事が進められている光景だけが。おそらく、津波でさらわれたであろう、漁業組合の1階部分の窓は、定尺ベニヤでふさがれて仮復旧な感じ。
次のバスまで、時間があるので周辺を散策。

ここまで、津波が来たという証です。ちなみに、この電柱の左上の方に幼稚園があり。津波が、幼稚園の近くまで来たときは園にいた人たちは、どんな思いをしたのだろうかと、感傷に浸ってしまいました。
再び、バスに乗り三沢駅に戻ってから、電車で八戸駅に。駅に到着後、今晩の夕飯を買いに、前回訪れた「八食センター」に行くことにしました。ところが、丁度、「八食センター」行きのバスが目の前を出てゆき、次のバスは1時間きません。なので、「卸センター通り」だったかな、そこまでバスに乗りそこから、前回の記憶を頼りに歩くこと20分。 最初に、帰りのバスの時間を確認してから買出し。そして、バスで再び八戸駅に戻り、そこで1泊。
「夕飯 うに飯弁当 ほっき貝などの握り寿司 」
21日 朝5時にチェックアウトして、八戸線の始発。昨年末、来たときは真っ暗だったのに春になると明るくなっている。コンビニで、軽い朝食を買い。八戸線内で、朝食を取る。
途中、階上駅で30分待ち。理由は、対向車を2本待つ。八戸線は、鮫を過ぎたあたりから海岸線沿いを走ります。その為、昨年の東日本大震災での津波の被害を受けた個所も多々ありました。種差海岸を過ぎた海岸沿いの線路には、万が一、地震による津波がきても避難できるように、線路際のいくつかの場所に。高台へ避難できるように、線路から高台へ足場の階段が作られています。そして、車内から線路へ降りる為の簡易的な梯子を、各車両の網棚の上に置いてあります。沿線の車窓には、砂浜にいくつかのドラム缶が1列にならべらていました。そのドラム缶には、1つ1文字ずつ、車内から見えるように見えるように置いてあり。そのドラム缶には、「ありがとう JR さん」。この八戸線の全線運転再開を、八戸線沿線の人たちが、あの震災からどれだけ待ち望んだか!その熱意が分かりました。
そんな事もあり最初の目的地は、八戸線運転再開したら訪れてみたかった、陸中八木駅。

陸中八木駅は、津波の被害にあった駅でもあります。 線路裏の道路は、車は通れるものの今も、その時の凄さを訴えかけ続けています。ガードレールが、海側に倒れているので、きっと、水が引いたときに持っていかれたと思います。次の列車で、久慈駅に行き前回、震災直後の話をしてくれた立食いそば屋のおばちゃんのところに行き、うに弁当を購入(1350円)。
「昼食 うに弁当 1350円」 生臭さがなく、甘みがあり食べやすく美味しかった。
八戸へ向かう車窓から、種差海岸の美しさに感動して、再びこようと!決意。八戸から青森(新青森乗換え)まで、立ち席特急券で新幹線に乗り。新青森と青森の間のみ、乗車券で特急の自由席のみ乗れるということをはじめてしったので早速、乗ってしまった。
青森で、青函連絡船の記念館みたいなところがあるので、足を運び見学。詳しいことは、現地に行って堪能してもらうということで。
チェックインまで、市内散策をしながら夕飯探し。
「夕飯 貝みそ焼き定食 りんご餃子 1400円」
ほんのり林檎の甘い香りがする林檎餃子。どうよ。
22日 予定では、竜飛巡る23日に雨が降るということなので。風が強い竜飛を、明日にするのは・・・ということで、予定を入れ替えて竜飛岬へ。津軽線の始発で、蟹田乗換えで三厩まで。

終点の三厩駅で 、町営バスに乗り竜飛灯台まで、100円均一。お客、自分1人で途中の乗降なし。竜飛に着いたら、半端ない風の強さ。そうでしょうそうでしょう、風力発電のプロペラがあるんだから強いでしょう。
津軽海峡 ふゆげしきでしょう! 長いので続く。

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